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【5月19日】ハレー彗星パニック




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1986年3月8日に撮影されたハレー彗星(ウィキペディア)


 5月19日のこの日は、1910年にハレー彗星が地球に接近して、世界中でパニックが発生した日になってます。

 「ハレー彗星」とは、約76年周期で地球に接近する短周期彗星で、公転周期は75.3年。多くの周期彗星の中で最初に知られた彗星であり、古来より多くの文献に記録されています。前回は1986年に回帰し、次回は2061年夏に出現すると考えられています。

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 このハレー彗星が、1910年に地球に近づいてきた際に、ハレー彗星の尾の中を地球が通過することも天文学者により予言されていました。彗星の尾には有毒のシアン化合物が含まれていることから、尾に含まれる猛毒成分により、地球上の生物は全て窒息死するという噂が広まりました。

 日本でのその日時は、5月19日11時22分とされました。明治時代の終わりに近い時代ですね。

 それ以外にも地球上の空気がハレー彗星に持って行かれて、5分間ほど空気がなくなるという噂が一部で広まりました。

 自転車のチューブを買い占め、チューブ内の空気を吸って一時的な酸素枯渇に備える裕福な者、水を張った桶で息を止める訓練をする者、全財産を遊びにつぎ込む者、世界滅亡を憂えて自殺する者などが現れたといいます。今では笑えるような話ですが、当時の人々は真剣に考えていたのでしょうね。

 日本では大規模な騒乱などは起きませんでしたが、映画化までされています(1949年 日本映画社製作の『空気のなくなる日』)。一方では「どうせ死ぬのだから」とばかりに、歓楽街が非常に賑わい、かつてない盛況を見せたがために、花柳界では「嗚呼ありがたきホーキ星様」とハレー彗星が歓迎されそうです。

 海外でも、ローマ法王庁が「贖罪券」を発行したところ、希望者が殺到し、手に入れることができなかった人が悲嘆に暮れるあまり自殺するという事件も起きていますし、酸素ボンベを持ち出し地下に逃げ込んだ人もいます。「彗星が持ち込むシアンの毒はこれで大丈夫」と、小麦粉を丸めただけのニセの薬を売って金もうけしようとした詐欺師がアメリカで摘発されたこともありました。
 またメキシコでは、「処女を生贄にすれば助かる」と信じ込んだ暴徒が、女性を襲撃する事件も起きています。

 実際のハレー彗星は5月19日に太陽面を通過しましたが、彗星のガスは非常に薄いため、地球が尾の中を通過してもハレー彗星のガスは地球の厚い大気に阻まれて地表に到達することはなく、地球及び生命体には何の影響も与えませんでした。

 結果的に、科学とメディアの発達が、かえって迷信によるパニックを煽ることとなったのです。
 このケースはデマが民衆をパニックに陥れる先例としてよく取り上げられています。

 今では笑える話ですが、当時の人たちは本気で信じていたのでしょうね。

 そこには、下地に社会情勢への民衆の不安、不満があるように思います。そこにデマや噂が広がると一気に広がるのでしょう。
 最近はネットでの流言飛語が多いようですが、意図的に広げる輩もいますから鵜呑みにしないように気をつけたいものです。
 情報に振り回されないようにしましょう。

 管理人が好きでよく訪れるパルモさんの
カラパイアというサイトがありますが、
こちらでこんな記事も見つけましたのでよろしければご覧下さい。

→もしも地球上から5秒間酸素がなくなったら?もしも地球上の酸素が2倍になったら?(蜘蛛注意)





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テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

【5月15日】犬養毅と5.15事件。そして沖縄



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犬養毅(ウィキペディア)

 5月15日は、「ヨーグルトの日」、「商人の祝日」、 「ストッキングの日」、 「Jリーグの日」など面白そうなトピックスが沢山ありますが、ここでは「犬養毅総理大臣暗殺五・一五事件(1932年)」と、「沖縄本土復帰記念日(1972年)」を取り上げてみたいと思います。

 犬養毅といえば「話せば分かる」「問答無用」のやりとりで有名ですが、どうしてそのような事件につながったのかというと、軍部に恨まれていたという説ですが、複雑な背景もあり、私が学生の頃はよく分かりませんでした。

 1929年は世界恐慌が日本にも吹き荒れ、東北地方を中心に窮乏状態にあった農村では、授業料が無料になる士官学校へ行く若者が多数いました。
 そこでは彼らは「貧富の差や情勢が悪いのは天皇陛下のせいではなく(当時は徹底した皇民化教育を受けていたので)それを取り巻く腐敗した政治家達が悪いのだ」という見方が将校達の間で広がっていきます。
 それでも経済は、
高橋是清を蔵相を起用することにより、徐々に回復の方向に向かってはいったのですが、満州の方がいけません。

 犬養は満州地方への進軍には反対で、「日本は中国から手を引くべきだ」との持論をかねてよりもっていました。これが大陸進出を急ぐ帝国陸軍の一派と、それに連なる大陸利権を狙う新興財閥に邪魔となったと言われています。
 1931年に関東軍が満州事件を引き起こし、犬養は満州国の承認を迫る軍部の要求を拒否し、中国国民党との間の独自のパイプを使って外交交渉で解決しようとしたのですが、対中国強硬派の
森恪という内閣書記官長にその交渉の道を握りつぶされてしまいます(この森恪は後に暗殺に関与したのではないかとして疑われます)

 さらに皮肉なことには、犬養が野党時代に、時の内閣であった浜口内閣を、
鳩山一郎とともに明治憲法の欠陥であった「統帥権干犯」を唱えて非難し、結果的に軍部に「統帥権」を武器として使えることを教えてしまうということをしてしまいます。
 これは、犬養は国益よりも議会における自党の主導権確保を優先させるという、当時でも「党利党略で国を危うくするもの」として政治家としては無責任のそしりを免れぬことをしてしまいます。
 その結果、満州事変では、自らが火を付けてしまった「統帥権の独立」を盾にする関東軍の行動に関しては黙認せざるえなかったのです。
 犬養や鳩山らがたきつけてしまった、この「統帥権」問題が最終的に大日本帝国滅亡の遠因 となるのですから、その失敗は大きいと言わざるおえないのではないでしょうか。

 このような自らが招いてしまった政党への不信、経済の貧困や不況への不満、軍部の憎しみの対象として犬養毅は暗殺されてしまいます。

May_15_Incident.jpg  この事件は大きな後遺症を遺し、昭和史の分水嶺となりました。この事件以降、テロを恐れるあまり政治家たちが反軍的な言動を差し控える風潮が広がり、新聞社たちまでも軍政志向への翼賛記事を書き始めます(マスコミは相変わらずですね)。
 日本は陸軍統制派による軍閥政治へと大きく傾いていきます。

 五・一五事件の犯人たちは軍法会議にかけられたものの軽い刑で済み、数年後に全員が恩赦で釈放され、満州や中国北部で枢要な地位についたというから推して知るべしです。

 そしてこの現職総理を殺した反逆者やそれを焚きつけたテロリストらに死刑も適用しなかったことが、さらに大掛かりな二・二六事件の遠因となったとも言われています。

 今の時代にも党利優先での考え方は国を亡ぼす要因になると思います。政治家は、個人においては無私、党においては無欲というスタンスで日本という国のために働いて欲しいですね。

 そして、奇しくも本日は「沖縄本土復帰記念日」でもあります。日本国家の主権回復の日と同様、盛大にお祝いしたらいかがでしょうか。
 そして沖縄が日本であるということをしっかりと認識するよい機会であると思います。
案の定、中国は虎視眈々と沖縄の切り離し工作にかかっているのですから。


→沖縄の帰属問題は未解決?日本側の抗議にも「一切受け付けない」―中国外交部



テーマ : 憂国
ジャンル : 政治・経済

【5月6日】ヒンデンブルク号爆発事故と飛行船



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 今日から仕事の方も多いと思います。疲れも残っているかと思いますが、すぐ土日になるので、しっかり疲れをとりましょう^^

 さて、1937年の5月6日
のこの日は、ヒンデンブルク号爆発事故が起きました。これは1912年4月14日に起きたイギリスの豪華客船タイタニック号沈没事故、1986年1月28日に起きたアメリカ・スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故などとともに、20世紀の世界を揺るがせた大事故のひとつとして数えられています。

 ヒンデンブルク号が竣工していた当時のドイツですが、すでにナチスの政権下にありましたので、この飛行船も国威掲揚のひとつとして大々的に利用されていました。

 フル稼働した最初の年である1936年は、アメリカ合衆国へ10回、ブラジルへ7回、計17回の大西洋横断往復飛行を行いました。1936年7月には、5日19時間51分という、大西洋往復飛行記録も樹立しています。

 しかし、1937年の5月6日、アメリカのイクハースト海軍航空基地に着陸準備をしている最中、高度200mで突如、発火、炎上します。僅か37秒で完全に炎に包まれたと言いますから、あっという間の出来事だったといえます。これにより乗員・乗客35人と地上の作業員1名が死亡しました。

 火災の原因は、陰謀説(映画にもなりました)や、水素ガスの漏洩などの事故説など様々な議論が起きましたが、現在では、静電気の火花が船体の外皮の塗料に引火したのではないかという説が有力だそうです。

 この事故により、大型硬式飛行船の安全性に疑問が持たれ、飛行船の時代は終わりましたが、しかし、現在は安全性も向上し、見直しがはかられており、ゆっくりと飛行するので、広告・宣伝にはピッタリであること、また空輸にしても、長い滑走路がいらないこと、ソーラパネルなどによる推進も可能なエコの面からも見直しがされているそうです。
 別に急いで運ばなくてもいいものは太陽電池の飛行船でゆっくりと安く運べるという選択肢があるのもいいですね。





2013年の2月公開の映画です。

こちらの映画も有名でした。





テーマ : 歴史大好き!
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