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【8月14日】ヘリオス552便航空事故とヒューマンエラー



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2005年の本日は、ギリシャで大きな航空事故が発生しました。

ヘリオス航空522便墜落事故と言われ、2005年8月14日
にギリシアで発生した航空事故です。キプロスの新興航空会社のヘリオス航空522便の乗客と乗員あわせて121名が全員死亡した、ギリシャ航空史上最悪の事故でまだ、記憶に残っている方も多いのではと思います。

 何が印象深かったかと言いますと、パイロットが低酸素血症に陥って意識不明になって自動操縦で飛び続ける飛行機をアテネ市街地へ落ちるのを防ぐために戦闘機がスクランブル発進、撃墜命令を出す態勢にあったということでした。あと5分間飛行を続けていた場合、撃墜されていたというのです。

 もし、これが日本国内であったらどうでしょうか。時の政府はそういう決断を出せるのでしょうか。それが、日本国内機ではなく、他国の旅客機であったらどうするのでしょうか。そして人命が失われることでマスコミや国民の納得は得られるものでしょうか。
 多くの人命を救うために少数の人命を殺害せざる負えない・・・。非常に難しくも厳しい判断だと思います。
 
 さて、事故の原因ですが、操縦士が与圧システムの異常により酸素欠乏で意識不明になったためと報道されていましたが、最終的な報告書ではこの与圧システムの異常は整備士の人為的ミスで発生したもので、パイロットもその異常を把握できなかったために事故に繋がったとされています。ミスをチエックできないというダブルミスが原因でした。(アンビリバボーでこのドキュメント番組が放映されています。)
 この時、ただ一人意識を失わないでいた乗客が操縦席に入り、なんとかしようとしていたことが後の戦闘機パイロットの証言で明らかになっています。

 事故を起こした
ヘリオス航空はキプロス共和国の航空会社で、1998年に創業されたにも関わらず、この事故によって経営困難に陥り、事故翌年の2006年に事業停止に追い込まれました。わずか8年足らずの運営でした。

 ボーイング社が行っている航空事故の調査によると、1996年から2005年までに起こった民間航空機全損事故183件のうち、原因が判明している134件についての内訳は以下の通りだそうです。
 
    55% - 操縦ミス
    17% - 機械的故障
    13% - 天候
    7% - その他
    5% - 不適切な航空管制
    3% - 不適切な機体整備


  操縦ミスがかなり高いですが、1988年~1997年期には70%もあり、過去20年間に着実に改善されてきたことが分かる数値です。
 他の公共機関にしてもヒューマンエラーが起こす事故は多いですので、健康面、安全管理をしっかりと行なって欲しいものです。

 一昨日の8月12日は、単独の航空事故では最大の犠牲者を出した「日本航空123便航空事故」の日でもあります。これ以上空の事故の犠牲者が出ないことを祈ります。

ヘリオス航空事故に関しては昨年「アンビリバボー」でドキュメント番組を放送していました。

→アンビリバボー[上空1万メートル 史上最大の航空ミステリー]ヘリオス航空522便墜落事故 2012 9/6 O.A.



<関連記事>
→【8月12日】123便と航空事故







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【8月12日】123便と航空事故



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ボーイング747-SR46 機体記号JA8119の写真

 本日は日本にとってはとても痛ましい事故の日です。1985年8月12日のこの日、日本航空123便(18時56分東京発大阪行)が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根に墜落しました。

 乗員乗客524名のうち死亡者520名、生存4名という、単独機の航空事故では世界最多な悲惨な事故となりました。お盆の帰省ラッシュと重なり、坂本九さんなどの多くの著名人も犠牲となり、当時は大きなニュースとして扱われました。あれから28年も経ったのですね。40代以上の人なら誰でも知っている大きなニュースでしたが、最近の若い人は知らない人も多いようです。

 事故の原因ですが、1987年に航空事故調査委員会が公表した報告書では、同機が7年前に起こした「しりもち着陸事故後」の、ボーイング社の修理が不適切だったことによる圧力隔壁の破損が事故原因とされていますが、航空関係者や遺族などの一部からは再調査を求める声もあり、現在に至るまで行われていません。
 
 自衛隊機の訓練用ミサイルの発射説、米軍の誤射説、核兵器運搬の証拠隠滅説などの異論・異説が多いのもこの事故の影響力を物語っているようです。遺族や関係者の心情を思うと場外乱闘の様相になりそうでどうなのかなとは思います。

 この事故で飛行機の搭乗率が減り、各航空機会社の経営が悪化しました。当然、こういう大きな事故のあとですので、怖いというイメージがありますが、アメリカの国家運輸安全委員会 (NTSB) の行った調査によると、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%だそうです。アメリカ国内の航空会社だけを対象とした調査ではさらに低く0.000034%となります。
→航空事故(ウィキペディア)

  アメリカ国内において自動車に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.03%なので、その1/33以下の確率ということになります。
 これは8200年間毎日航空機に乗って一度事故に遭うか遭わないかという確率でだそうで、これが「航空機は最も安全な交通手段」という説の根拠となっていますが、実際、車より安全だというのは確かに思いますね。

 ちなみに9.11同時多発テロのあと、アメリカ人の多くが民間航空機による移動を避けて自家用車による移動を選択したために、同年の10月から12月までのアメリカにおける自動車事故による死者の数は前年比で約1,000人増加したといいます。テロの乗客の死亡者が全部で170名ぐらいですから、皮肉な結果になっています。結局、航空機事故は、一度に大勢の方が亡くなるケースが多いので目立ちますが、トータルで見ると車の方が事故のリスクが高いということですね。

 また、近年において、航空事故の多い、特に危険な地域とされているのはアフリカ諸国と西アジア諸国という結果が出ています。
 ドイツの航空業界専門誌『アエロ・インターナショナル』では、危険とみなされる航空会社名を掲載した「ブラックリスト」を定期的に発表しています。
事故が起きた場合、保証とか色々あって認める認めないなど複雑な思いや利害が交差しますが、原因だけはしっかりと究明、対策を立てて欲しいです。

 亡くられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

 
全体像を知るには。
→日本航空123便墜落事故 - Wikipedia

一番まとまっていると思います。
→日本航空JALジャンボ123便機墜落事故、総マトメ - nifty 

コックピット音声のテキスト版。一部音声も聞けます。
→日航ジャンボ機墜落事故テキスト

320px-Cenotaph_of_the_japan_air_flight_123_at_osutaka_Ridge_.jpg
昇魂之碑(ウィキペディア)





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【7月23日】米よこせ!の米騒動が勃発。



 
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 本日7月23日「米騒動の日」となっています。1918年の7月22日の夜からこの日にかけて、富山県魚津の主婦達が米の県外移出を防止する集団行動を起こし、全国に波及したことから、この日を記念日にしています。

 明治維新も終わり、本格的な富国強兵時代へと進んでいく日本ですが、資本主義の急激な発展と第一次世界大戦による好景気で庶民の生活は一気に変化していきます。
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 農家では収入の増加に伴い、ムギやヒエなどの食生活から米が食べれるようになり、食生活も変化していきました。
 本来ならここで米の生産を拡大していかなければいけませんが、産業の発展による工業労働者の需要も増えて、農村から都市部へと人材がどんどん流出していきます。
 要はどこも人手が足りなくなってしまうんですね。
 農家の働き手が都市部へと移動し、工業労働者の増加が進むと、今度は物価の高騰や賃金の低下を招きます。

 更には、戦争の準備などで兵隊に支給する食料の調達、買い占めも始まります。
 こうして、米の需要拡大に生産が追いつかなかったことや、米の輸入が戦争などの影響もあり、自由化されなかったこと等により米価が一気に急騰しました。

 一部の地主や商人は米を米穀投機へ回すようになり、次第に売り惜しみや買い占めが発生し始めます。どんどん値が上がるのだから売り惜しみは当然ですよね。
 しかし、時の政府が買い占めや売り惜しみを禁止令を出したにも関わらず(暴利取締令)効果はまったくありませんでした。
「ぼられる」「ぼったくる」などの言葉は、この「暴利取締令」の「暴利」に由来するそうです。

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 こうした中、大正7年(1918年)7月22日に、富山県魚津の主婦達が集団行動を起こし、米を北海道へ持っていかないで住民に販売するように求めます。

 8月にこの運動が地方新聞から全国へと報道されると「越中女一揆」というセンセーショナルな見出しになり、一気に全国各地で民衆運動が沸き起こります。マスコミがいつものように火をつけたわけです。

 8月12日には
鈴木商店が大阪朝日新聞により米の買い占めを行っている悪徳業者である(米一石一円の手数料をとっている)との捏造記事を書かれた事により焼き打ちに遭います。(下画像:焼き討ちにあった鈴木商店本社)

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 米騒動は移出の取り止め、安売りの哀願から始まり、段々とエスカレートしていき、寄付の強要、打ちこわし、暴動にまで発展します。
 こうした「値下げを強要すれば安く米が手に入るぞ」という話は瞬く間に広がり、ほぼ全国へ波及します。騒動は次第に米問屋から炭坑へと場所を移し、9月12日の三池炭坑の騒動終了まで、50日間を数えました。

 この一連の騒動は、警察だけでは鎮圧できずに軍隊まで投入され、結果30人の死者と多数の負傷者を出しました。騒動は1道3府37県の計369か所にのぼり、参加者の規模は数百万人を数え、出動した軍隊は3府23県にわたり、10万人以上が投入されます。検挙された人員は25,000人を超え、8253名が検事処分を受けました。

 昔の日本人はバイタリティーがあるといいますか、デモや騒動もよく行われていました。すっかり大人しい時代になったものです。暴力行為や暴動はもってのほかですが、声を上げる時は上げないといけない時代になりつつあるのかもしれません。


米騒動発祥の地として記念館や石碑があります。

→魚津たびナビ

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