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【5月26日】逃げの小五郎こと木戸孝允



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若き日の木戸孝允こと桂小五郎〜明治2年撮影(憲政50年史) ウィキペディア

 本日は、明治維新の三傑と言われた、木戸 孝允 / 桂 小五郎の命日です。(天保4年6月26日(1833年8月11日) - 明治10年(1877年)5月26日
 幕末から明治時代初期にかけての日本の武士、政治家です。


 維新の三傑のあと二人は西郷隆盛大久保利通の二人です。
 維新の十傑というのもあるそうで、こちらは上記の三人に加え、
小松帯刀大村益次郎前原一誠広沢真臣江藤新平横井小楠岩倉具視の七人を加えたものになりますが、これは、山脇之人『維新元勲十傑論』1884年刊によるもので、現在の感覚ではちょっと物言いを入れたくなりますね。

 金澤正造という人の著書『維新十傑傳』(1941年)では、明治以後の政治家とは別に、幕末期に維新へと至るまでに導いた主な革命家十名に、
吉田松陰頼三樹三郎有村次左衛門高橋多一郎清河八郎伴林光平平野国臣佐久間象山高杉晋作坂本龍馬を挙げてあります。

 吉田松陰や坂本竜馬は革命家に入るんですね。
勝海舟
の名前がないのですが、これは幕臣だからでしょうか。

 さて、この木戸孝允ですが、長州藩の尊攘派のリーダー、桂小五郎として活躍します。一旦は、京都から追放の憂き目に遭いますが(八月十八日の政変)、翌年、小五郎は再上洛し潜伏しつつも藩の失地回復に勤めます。
「逃げの小五郎」の異名はこの当時からついていたあだ名のようですね。

 決して剣の腕が弱かったからではありません。むしろ新撰組の近藤勇をして「恐ろしい以上、手も足も出なかったのが桂小五郎だ」と言わしめています。練兵館の塾頭を務め、その間、剣豪の名を天下に轟かせているのです。
 それほど強くても、実際は刀を抜く前に逃げる・・・これが桂の鉄則だったようで、これは、剣豪でもあった坂本竜馬に通じるものがありますね。結局、木戸孝允は、一度も刀を抜く事なく維新を迎えたと言われています。

 さて、長州藩が再び立ち上がるまで、桂は、京都市内のあらゆる所に潜伏します。
 二条大橋の下で、乞食同然の生活をしていたと思えば、味方の家を転々としたり、芸者であり恋人の幾松(後の
木戸松子)に助けられたりしています。
 それ以外にもかくまってくれる女性たちが何人かいたようですが、写真で見るイケメンぶりですから無理もありません(笑)。
 坂本竜馬もそうですが、女性たちに命を助けられています。世に名を残そうとする者、常日頃、色んな方々へも優しくしておかねばなりません。
 また、それ以外にも「
池田屋事変」が起きた時、池田屋に足を踏み入れていたものの、外出をしており、難なきを得ているという強運。
「禁門の変」に際しては、会津の残党狩りに一度は、捕まったが、連行中に、「うん●をもよおした」と偽って、あっという間に逃亡したという度胸も持ち合わせています。

 この方には当時の「武士とはどうあるべきか」なんて体面なんてことは気にしません。チャンスが来るまでは、逃げに逃げます。

 そして、ついにチャンス到来。
 坂本龍馬の斡旋で薩長同盟を締結、長州藩の復権に成功し、薩長主導による武力倒幕を成し遂げ、新政府を樹立します。
 新政府では総裁局顧問、外国事務係、参与となり、「
五箇条の御誓文」の起草に参画し、大久保らとともに版籍奉還の実現に尽力します。明治4年、西郷とともに参議となると、政府要職を薩長の人材で独占、廃藩置県を断行します。

 西郷隆盛と対立することになり、西南戦争の最中、駆けつけた大久保利通の手を握り締め、「西郷、いいかげんにせんか」と明治政府と西郷の両方を案じる言葉を発したのを最後にこの世を去ったといいます。病没。享年45歳でした。

 志士としても、長州藩のリーダーとして時代の先端に立って活動を続け、明治新政府においてもトップの一人として近代国家・日本の建設に大きな役割を果たした木戸孝允。
 
 墓所は、京都・霊山護国神社にあり、坂本龍馬や、中岡慎太郎など、活動を共にした多くの志士たちと、松子夫人の傍にて眠っています。


→京都・霊山護国神社(Googleマップ)



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【5月17日】近藤勇と墓マイラー



近藤勇

 本日、5月17日
は新撰組局長、近藤 勇の命日です。歴史上の人物や著名人の墓を巡って、故人の足跡に思いをはせる墓マイラーさんたちにとっては、本日はお墓参りに向かっているかもれませんね。

 近藤 勇【生誕 天保5年10月9日(1834年11月9日)〜死没 慶応4年4月25日(1868年5月17日)】は知る人ぞ知る新撰組の局長です。
 新撰組が現在のように有名になったのは司馬遼太郎の
「燃えよ剣」「新選組血風録」などの作品の貢献が大ですが、この新撰組のエピソードは多いので別の機会に紹介するとして、近藤勇のお墓を今回は紹介したいと思います。

 鳥羽・伏見の戦いにおいて敗れた新選組ですが、江戸に戻って再編成し戦うものの、甲州勝沼の戦いで再び新政府軍に敗れて敗走します。近藤勇は名前を変えて、千葉県の流山市に駐屯中に新政府軍に捕まり、板橋宿まで連行、中仙道板橋宿近くの板橋刑場で斬首されてしまいます。
 首は京都の三条河原で梟首され、その後の首の行方は不明とのことですが、このような事からお墓(当初は慰霊碑?)が各地にできることになります。


●近藤勇の処刑地近隣の墓


近藤勇_墓 1
©2013 Google 画像撮影時期2010年1月
東京都北区滝野川7丁目8−10

 甲州勝沼の戦い後、意見の対立で分かれた永倉新八により、建てられます。
 最初は遺体をここに埋葬したらしのですが、その後遺族が遺体を三鷹へ持っていったので、ここにはありません。
 近藤勇の慰霊碑がありますね。しかし、ここに永倉新八の墓があることから参拝者が多い場所です。


●土方歳三が仮埋葬した墓

近藤勇_墓 2
Googleマップ panoramio © kikuchiyoさん撮影
福島県会津若松市東山町石山天寧208 天寧寺

 このお寺の裏手の墓地に近藤勇の墓があります。土方歳三が遺髪などを持っていて会津戦の折、ここに仮埋葬したといいます。


●遺族によって建てられた墓

近藤勇_墓 3
Googleマップpicasa tetsuさん撮影
東京都三鷹市大沢6丁目3−11龍源寺

 近藤勇の出身地で遺族が弔ったといわれております。ここには首のない遺体を弔ったといわれております。



●首を奪還し埋葬したといわれる墓

近藤勇_墓 4
Googleマップ panoramio © 8pence さん撮影
愛知県岡崎市本宿町寺山1 法蔵寺

 東京板橋の刑場で刑死した近藤勇の首は京都に運ばれ三条大橋の西に晒されました。
 その後、同志が持ち去り、近藤が生前敬慕していた新京極裏寺町の称空義天大和尚に埋葬を依頼する事になりました。
 しかし和尚はこの時にはここ法蔵寺に転任になっていたので、この地にて密かに埋葬したとのことです。


●従兄弟の近藤金太郎が首を持ち帰って埋葬したとされる墓

山形県米沢市鍛冶町4586高国寺

 山形県米沢市の高国寺にも近藤勇の従兄弟近藤金太郎が首をひそかに持ち帰り埋葬したとされる墓がありますが、そうすると京都に運んだ首は偽物?ということになります。
 真相はよくわかりませんが、こちらのサイトさまで、そこの考察をされて参考になります。

→やま喜幕末通信 近藤勇の首は米沢にあった
(写真も掲載しています)


 それ以外にも民間の団体が近藤勇を弔う為に「近藤勇忌」を流山市や会津若松市等で行っています。

 このように各地で慰霊をされていることから人気のほどが伺えますね。
 自分の住んでいる近くに出向いてみるのもよいかもしれません。

新撰組のグッズが豊富です。海外へのお土産に良いかも!!






<関連記事>
→【3月13日】新撰組、発足!
→【6月20日】土方歳三の最後



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【3月13日】新撰組、発足!



Shinsengumi.png
1863年3月13日の今日は、「新選組の日」です。

歴史の中では大人気の新撰組ですね。歴女の皆様にも人気です。
東京都日野市観光協会が制定しました。

文久3年(1863年)旧暦3月13日、京都・壬生に詰めていた新選組の前身「
壬生浪士組」に、会津藩主で京都守護職の松平容保から会津藩預りとする連絡が入り、この日、新選組が正式に発足しました。

初めは20人前後だった隊員数ですが、最盛期には約200人にまでふくらんでいます。

池田屋事件での活躍が有名で、この事件で尊攘派に大きな打撃を与えました。

新撰組の有名人としては

 局長:近藤勇
副長:土方歳三 総長:
(元副長):山南敬助
参謀:伊東甲子太郎
組長一番隊:沖田総司
  二番隊:永倉新八
  三番隊:斎藤一 などいます。
この方々の命日などで新撰組についてはまた触れたいと思います。


「新撰組」といえばこの一冊ですよね


隊士を知りたい方必読!


<関連記事>
→【5月17日】近藤勇と墓マイラー
→【6月20日】土方歳三の最後

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