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【5月8日】ヨーロッパ戦勝記念日



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民衆に応える英国首相チャーチル

 1945年5月8日
のこの日は第二次世界大戦におけるヨーロッパ戦勝記念日になっています。この前日、ドイツのアルフレート・ヨードル上級大将がアイゼンハワーの司令部に赴き、第二次大戦の無条件降伏文書に署名しました。この時の署名によってヨーロッパ戦線が終結し、8日をもってヨーロッパでの全ての戦闘を停止しました。ソ連への降伏は5月9日となっています。

 この時点でヒトラーは既に自殺、彼の後をついで指導者となった
デーニッツ海軍元帥は仮政府を樹立し、連合国との降伏交渉を開始したのですが、実はこの前からゲーリングら幹部たちが降伏しようとする動きがあったそうで。ヒトラーが生きている間は降伏交渉ができなかったことが、日本と違い、国土が徹底的に破壊されてしまった結果を生み出してしまったように思います。

 1939年9月1日。ポーランド侵攻作戦から始まったとされる
第二次世界大戦
ですが、6年近い戦いの中、人類史上かつてないほどの物資、人材を投入し多くの犠牲者を出しました。

 太平洋側での戦線は、日本が最後の抵抗をしている最中であり、完全な戦争終結まではあと3ヶ月かかることになります。

 欧州では、第一次世界大戦の戦後処理のまずさが第二次世界大戦を生み出してしまった経緯もあるので、二度とこのような大きな戦争がおきないように各国が努力していかねばなりません。
 戦争は災害と違い、人間の智慧と努力でくい止めることができますから。
 もっとも日本だけが平和を求めていても、攻められてきたらどうしようもありません。
 最近のアジアの情勢を見ていると不安になりますね。
 安易な「平和教育」こそ危険であると思います。

Amazonのロングセラーです。今の日本がかなり危険なことが分かる日本人必読の書


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テーマ : 戦争
ジャンル : 政治・経済

【5月1日】ゲッペルスとプロパガンダ



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ヨーゼフ・ゲッベルス(Paul Joseph Goebbels)  
  
  
ヨーゼフ・ゲッ ベルス(1897年10月29日 - 1945年5月1日)は、ヒトラーの片腕とされ、初代国民啓蒙・宣伝大臣です。
 「
プロパガンダの天才」と言われ、ヒトラーの政権掌握とナチス党政権下のドイツの体制維持に辣腕を発揮しました。
 敗戦の直前、ヒトラーの遺書によってドイツ国首相に任命されましたが、ヒトラーの自殺の翌日に家族とともに自殺したことになっています。

 ヒトラーとゲッベルスが最初に対面したときの日記が残っていて1925年10月14日付の日記には、「この人(ヒトラー)は何者なのか。人か?神か? キリストか? ヨハネか?」と書かれていました。

 彼らは歴史上初めてマスメディアを利用しました。
 今まで大集会や放送、映画を宣伝目的に利用した政治家はいなかったのです。演説も労働者が集まりやすい夜を選び、光の演出、手の振り方、声の上げ方などの演出を狙います。

Bundesarchiv_Bild_137-048390,_Berlin,_SA-Aufmarsch_am_Brandenburger_Tor

 党の宣伝ポスターのデザインにも気を使い、当時の最新家電である、ラジオのフル生産を行い、安価な76マルクで購入できるようにしました。
 目的はともかくラジオをドイツ国民に普及させたことはゲッベルスの功績とされています。
 また、現在のCMでも用いられている、メッセージ開始後3秒間にジングル音などで人の気をひきつけ、その後本題を流すという技法はゲッベルスが開発したと言われています。

 1936年のベルリンオリンピックの際にはゲッベルスは演出の総指揮を取り、一大宣伝ショーとして大きな成功を収めます。

 民衆の心理を掌握し、様々な宣伝効果により民衆の心を掌握したゲッペルスですが、
戦争への道が本格化していくに連れ、権力に群がる幹部たちが増え、ゲッペルス自身の権力は落ちていきます。
 しかし、彼はヒトラーの最期までヒトラーの忠実な片腕であり続けました。ヒムラーやゲーリングのように、決して裏切るようなことはしなかったのです。


 ソ連軍によるベルリン包囲網が狭まるにつれて政府指導者やナチ党幹部の多くはベルリンから脱出したものの、ゲッベルスはヒトラーの側に残る道を選びました。
 ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』(「民族の祭典」、「美の祭典」の2部作)は、ベネチア映画祭で金賞を獲得するなど各方面で絶賛され、不朽の名作となっています。
 競技する人間の生み出す最高の美しさを、華麗なカメラワークと当時最高の撮影技術を駆使して捉えているこの映画は戦後、アメリカで選ばれた世界映画ベスト10にも入っています。






テーマ : 軍事・平和
ジャンル : 政治・経済

【4月30日】アドルフ・ヒトラーと都市伝説



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ヒトラーの死を伝える「スターズ・アンド・ストライプス」号外


 1945年4月30日のこの日、アドルフ・ヒトラー(1889年4月20日 - 1945年4月30日)が包囲されたベルリン市の総統地下壕内で自殺したとされます。
 ヒトラーの自殺により、首脳陣は更に混乱をし、ドイツの敗戦までは、さらに10日かかることになりました。

 ヒトラーの経歴やその評価などは今回は省略し、ここでは、ヒトラーにまつわる噂を紹介したいと思います。


その1【ヒトラーは何者かの通信を受けて行動していた】

 彼は第一次世界大戦でも総統になったときも奇跡ともいえる命拾いを何度もしています。
ヒトラーの暗殺は40回以上も企てられましたが、その全てのピンチから逃れているというから驚きです。
 多くの死傷者が出ても、ヒトラー自身はケガひとつ負うことはなかったといいますから、「強運」の持ち主であることには変わりはないと思います。
 そんなヒトラーですがたびたび予知を受けていたよという証言があります。ヒトラーはその予知を“あいつ”と呼んでいました。

 イギリスの通信社特派員ウォード・プライスに語った言葉として以下の言葉が残っています。
「私はあのとき、戦友たちと夕食を摂っていた。すると突然、ある声が私に、『立って向 こうへ行け』と命じた。その声が、あまりに明瞭に同じことを繰り返したので、私は上官の命令を聞くように機械的に従い、20ヤードほど移動した。とたん に、いままでいた場所から衝撃と轟きが押し寄せた。そのときまで私も属していたグループの上に、流れ弾が炸裂して1人残らず死んでしまったのだ。」
 また、総統になった時も「そうだ、それは“あいつ”の命令だった。あのときから、私には“あいつ”が憑(つ)くようになった。恐ろしいことだ。私は“あいつ”に選ばれて取り憑かれたのだ。」
 彼はあとで、側近たちにこうも語っている。それだけでなく、語っている最中、ふいに立ち上がって目を剥き、「“あいつ”だ、“あいつ”が来た。また私に未来を教えに来たのだ。そこにいる、そこだ!」 あらぬ方を指さして絶叫することもあった。

 今で言う、ちょっと危ない人であったのは間違いないようです。


その2【ヒトラーは未来の予言をしている】 


 ヒトラーの予言には2039年に関する「究極予言」「ヒトラーの山荘予言」、ベルリン地下官邸で語られた「指名予言」、そして大戦末期にラジオで語られた、「ヒトラー最後のメッセージ」があると言われています。

 詳細な予言の内容を紹したサイトがありますの興味のある方はどうぞ。

→【完全版】ヒトラーの予言



その3【ヒトラーは黒魔術を行っていた】 

 ヒトラーより悪名高いSS長官ヒムラーがヒトラーより傾倒していたようですが、ゲッペルスも占星術を信仰していたとの証言もあり、「ノストラダムスの予言」をプロパガンダに使用したとの話も残っています。ナチの高官たちがオカルトに興味を持ち、戦争の判断に使用していたのは間違いないようです。

→死してしてなお目的を完遂したヒトラー


その4【ヒトラーはベルリンで死んでいない】

 ベルリン総統地下壕内で自殺したとされるヒトラーですが、遺体の確認ができなかったことから(敵国に渡したくないことから完全に焼いたとされる)様々な憶測が飛び交いました。現実に当時の米ソの首脳陣は信じていなく、ヒトラーは逃亡したのではにかとして世界各地に調査チームを派遣しています。

 1946年10月17日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に、このハインリッヒ陸軍情報部大佐の衝撃的ともいえるコメントが掲載されました。

 「ヒトラーの死については、何ら確実な証拠がない。これでは世界中のいかなる保険会社であろうと保険金を支払うことはできないだろう。私はヒトラーは生きている、と思う。なにしろ彼が去年死んだということすら証明できないのだから。」
 ちなみに同日に発見された女性の死体はエバ・ブラウン本人ではないことが確認されています(ここ重要)。

 しかし、第二次世界大戦の完全なる終結にはヒトラーの死は絶対的なことでありましたから、米ソもなんとしても「ヒトラーは死んだ」ことにしたかったのでしょう。

→「ヒトラー逃亡説」の実態


★関連記事
ヒトラーは生きていた? DNA鑑定の結果、遺骨は女性のものと判明



その5【南極と南米にナチスの残党がいる】

 
 戦後、多くのナチ党員が戦犯になるのを恐れ逃亡、潜伏をしました。
その逃亡の手助けをしたのがカトリック教会組織であるという噂もあるそうです。15年も潜伏し、1960年に南米に逃げたアイヒマンも捕まります。(1962年5月に絞首刑)

→「南米に逃げたナチの残党」

 ドイツには日本と同じ住民登録制度があり、この登録には、性別、年齢、家族構成などが克明に書き込まれているので、戦後、進駐した連合国側にとってこの住民登録制度は非常に役立ちました。なぜならナチ戦犯狩りや犯罪者の割出しに利用出来たからです。
 しかし、同時にある信じられないような事実が判明しました。25万人のドイツ人男女が消えてしまったという事実が浮かび上がったのです。彼らは何処へ?

 また、戦争が終結して間もない1946年12月、アメリカ軍は「ハイジャンプ作戦」という南極探検を目的とした作戦を実施します。この探検の名目は人工衛星用の基地の建設であると公表されましたが、異様なのはその規模です。
 5千人近い兵士と、空母を含む軍艦13隻、ヘリコプターや水上飛行機、水陸両用戦車、それに潜水艦までが参加しました。大規模な軍隊を動員したのです。これも不思議な話ですね。

 ヒトラーの狂気は多くの人々の命を奪い、世界を、そして祖国であるドイツを再び荒廃させてしまいました。当時の時代背景や空気があったと思いますが、何をそこまでヒトラーを台頭させてしまったのでしょうか。
 
 実際にヒトラーの演説を聴いた者の証言が数々残っていますが、皆、一様にその演説の異様なエネルギーやカリスマ性に触れています。
 「ヒトラーは真に神秘的な呪師の範ちゅうに属する人間である。彼は予言者の目をしている。彼の力は政治的なものではない。それは魔術である。」(ユング)

 ヒトラーのカリスマ性や行った行為が、その後の多くの伝説をも生み出したように思います。

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