ƒ ◆人物 - 今日は何の日?話のネタブログ

今日は何の日?話のネタブログ

今日という日を過去の出来事や著名人の誕生日など、様々な角度からピックアップしています。話のネタにどうぞ。

 

◆人物

プロフィール

onemoreネタ

Author:onemoreネタ
今日という日の歴史的な出来事、事件、人物などを語るブログです。話のネタやブログのネタにどうぞ。

にほんブログ村 その他生活ブログ 雑学・豆知識へ
にほんブログ村
カテゴリ
今週の人気記事ランキング
おすすめ
楽天トラベル
i2i
スワップ金利
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
こちらのサイトを参考に作成しております。

【6月27日】伊達政宗の影響力




Cap 74
イケメン過ぎる・・・・。

 本日は伊達政宗公の亡くなられた日です。(永禄10年8月3日(1567年9月5日)〜寛永13年5月24日(1636年6月27日

 ちょっと古いネタですが、2009年の知事選では、地元仙台では、こんなポスターが(笑)「
戦国BASARA」のキャラクターで選挙の投票を呼びかけていました。(・∀・)イイ!!

 若年層の投票率アップを狙った企画だそうですが、大胆ですね。投票用紙に「伊達政宗」って書いた人がいたんじゃないでしょうか(笑)





 さて、そんな伊達政宗ですが、「派手な振る舞いの男」、「粋な男」を指す「伊達男」の由来になっています。
これは、伊達政宗が豊臣秀吉に濡れ衣をかけられた時、部下に磔台を担がせ、自身は白装束という姿を見た町人たちが驚き、彼を伊達男と呼んだのが由来だそうです。
 また、政宗が粋で洒落たものが好きだったから、お洒落な男の事を伊達男と呼ぶようになったともいわれております。これって田中政宗とかだったら、「田中男」と呼んでいたことになるのでしょうか。そしてお洒落な人を見たら「田中だねぇ」と・・・・。

Cap 76
ジャンプコミックス「花の慶次」第13巻より


 やっぱり、イケメンに描かれていますよね。初めての参陣の時も白装束。傾くのがお好きなようです。

 また、スターウオーズのダース・ベイダーのマスクは実は伊達政宗の甲冑から来ているってご存知でしたか。仙台市博物館所蔵の「黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用」の兜を参考にしているそうです。

→仙台ニュース
ダースベイダーと伊達政宗…その意外な関係

date.jpg
あれ?思ったより微妙・・・。

 とまあ、本人とはまったく関係ない話に終始してしまいましたので、最後にご本人に関するまとめサイトを紹介します。

NAVERのまとめサイト
【伊達政宗】ゆかりの地まとめ【独眼竜】


独眼竜政宗公の銅像が見れる仙台城はこちらです。


大きな地図で見る


レプリカですが実物の甲冑を販売していますね。欲しい!けど置くとこない。


ダース・ベイダーのマスクもあります(笑)

リボルテックヤマグチ No.079 戦国BASARA 伊達政宗

新品価格
¥3,800から
(2013/6/27 12:27時点)

伊達政宗 (1) 朝明けの巻 (山岡荘八歴史文庫 51)

新品価格
¥714から
(2013/6/27 12:29時点)

伊達家の秘話

中古価格
¥1,197から
(2013/6/27 12:30時点)

戦国BASARA HD Collection

新品価格
¥2,900から
(2013/6/27 12:31時点)




スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

【6月19日】エースパイロットのエンブレムとフェラーリとの関係




800px-FBaracca_1.jpg  
フランチェスコ・バラッカ伯爵

 6月19日は第一次世界大戦のイタリアのエースパイロット、フランチェスコ・バラッカ中佐(Francesco Baracca, 1888年5月9日 - 1918年6月19日)の戦死した日ですが、このバラッカの機体につけていたエンブレムと自動車の名門フェラーリにまつわる話を。

Cap 41

バラッカ少佐(最終階級は中佐)の愛機 スパッドXIII


 高級車で知られる
フェラーリのエンブレムですが、「跳ね馬」のデザインが有名ですよね。この紋章はイタリア語で「カヴァッリーノ・ランパンテ」といいます。
 しかし、このデザインはドイツの
ポルシェとも似ています。このポルシェの跳ね馬は、ポルシェの本拠地であるシュツットガルト市の紋章が由来。これは間違いのない事実だそうです。
 ライバル同士なのになぜか同じ跳ね馬のエンブレム、そこには何か関係があるのか気になるところです。

Porsche_logo_20130620060152.jpg
左からフェラーリのエンブレム、シュトゥットガルト市の紋章、ポルシェのエンブレム

 さて、フランチェスコ・バラッカという人ですが、1888年、イタリア人貴族であるエンリコ・バラッカ伯爵の子息として生まれます。乗馬は貴族のたしなみ、軍人は貴族の努めですので、バラッカもはじめは騎兵将校になります。しかし当時の最新鋭の乗り物である飛行機に興味を持ち、フランスのランスで飛行機乗りになる為の訓練を受け、イタリア航空隊に所属することになりました。

 このように当時のヨーロッパの飛行機乗りたちは、騎兵隊出身の兵隊が多かったようです。
 これは、フランスなど、騎兵は偵察、並びに決戦兵科に属していましたので、馬の代わりに空を飛ぶ乗り物で遠くまで早く偵察ができるというのがその理由でもありました。また突撃の主役も馬から戦車に代わりました。

 第一次世界大戦は「馬と鉄砲で始まり、戦車と戦闘機で終わった戦争」と言われます。この戦争によって兵器の性能が大きく進歩しました。戦争は命がけですから科学力も飛躍的に進歩させてしまうのですね。

 そんなバラッカ少佐ですが、第一次世界大戦では、最初は偵察部隊での任務から戦闘機乗り、指揮官として活躍します。

 バラッカ少佐の率いる第91飛行隊部隊はエースパイロットがいるエース中隊として有名になっていきます。
 このバラッカ中佐が最初に所属していた騎兵隊の名称ですが、日本では「陸軍第11山岳騎兵連隊」ということで知られています。ウィキペディアでもそうなっています。
 しかし、これは誤りのようで、こんな部隊は存在していなく、現地のランチェスコ・バラッカ博物館にある履歴では、「第2騎兵連隊 ピエモンテ」が正解のようです。

→Sito Ufficiale Museo Baracca Francesco

 これはピオモンテという地名のPiemonte→Monte=山と誤認、山岳騎兵隊としてしまったようです。もしくは、ピエモンテの人は伝統的に山岳歩兵隊に入る人が多いらしいのでココらへんで混同して間違えたのか?2という数字もローマ数字のⅡを数字の11と間違えたという感じですね。ウィキペディアの鵜呑みは気をつけましょう。

 第2騎兵連隊のエンブレムにも跳ね馬が描かれていますね。 
Cap 40 愛機のエンブレムでは跳ね馬のみを大きく描いていますので、まるごと採用した訳ではないようです。

 ランチェスコ・バラッカ少佐は、6月19日に戦死するまでに最終撃墜数34機を果たし、イタリア空軍最高のエースとなり国民的英雄となりました。

 さて、フェラーリとの関係ですが、創立者である
エンツォ・フェラーリアルファロメオ
のレーシングドライバー時代に初優勝した際にバラッカ少佐の母親から贈られたものだというのが公式だそうです。

 これもウィキペディアを見ると諸説が出ていますが、兄アルフレードがバラッカ中佐の第91中隊所属していた縁もあったという説は、兄ではなく息子の名前です。(兄はディーノ)

 「英雄の母親とはいえ息子の部隊章の使用許可を与える権限はなく、この話はエンツォの創作ではないか」と考察している説
(「ブロック・イエイツ エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像 (集英社文庫)」による)も、エンブレムをよく見ると、バラッカの個人マーキングです。(部隊マーキングは反対側の胴体に描かれたフライングライオン)ですので、バラッカ中佐の母親がフェラーリにエンブレムを贈ることは問題がないように思います。
 なんかこのらへんの情報が錯綜していて定まっていないようですね。うーん。
 でも、イタリアの国民的英雄のバラッカ中佐のマークを自社のエンブレムにすることで箔がつくのは確かです。

 もうひとつの説もあり、バラッカ中佐が撃墜したドイツの飛行機が自分の出身地のシュトゥットガルト市の紋章をつけていたため、このデザインを頂戴した話があります。これは、実際にフェラーリが「跳ね馬」の紋章を登録商標しようとしたところ、シュツットガルト市がこのデザインの所有権を主張して紛糾したという話から来ているのかもしれません。この説では、撃墜したという戦闘機は名前が違いますし、現在では否定されているようです。
 でもシュツットガルト市はポルシェのデザインとして使用するのはOKを出したというのですから、ここら辺が因縁のライバルという感じで話し的には面白いですよね。
 また、騎兵部隊の馬である「カヴァリーノ・ランパンテ」は基本的には去勢した牡馬、すなわち男の子です。(なぜなら子供を産めるメスを戦争で失うのはもったいないため)
 これに対し、シュツットガルトとはそもそも「シュトゥート・ガルテン=牝馬(ひんば)の園」という意味であり、同市の市章に描かれた馬は実は女の子なのです。
 つまり両者は同根ではありません。言うなればフェラーリは男の子、ポルシェは女の子というわけですね。こういう話も面白いものです。

今回は色々な情報が錯綜していて時間がかかりました・・・。


フェラーリの公式サイトでエンブレムの由来を紹介をしています。


1916年11月の5機撃墜時に「跳ね馬」のマークをつけました。
→バラッカ中佐の全撃墜数

バラッカ中佐の乗機
・ニューポール 10
・ニューポール 11
スパッド S.VII
スパッド S.XIII (S.VⅡの大幅改良型。バラッカ中佐の最後の乗機)


エンブレムに関する話しが載ってます。

エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像 (集英社文庫)

中古価格
¥70から
(2013/6/20 06:57時点)


バラッカ少佐のプラモデルがつくれます。(現在品切れ中)
Cap 44


→スパッド XIII 初期型 の入荷予約とその他の画像はこちらから

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

【6月15日】源義経という天才と果たした役割



 
496px-Minamoto_no_Yoshitsune,dannoura


 本日は、日本人の多くが知る有名な武将、源義経の自害されたとする日です。<文治5年閏4月30日1189年6月15日 享年31歳>
 平家滅亡の立役者であり、馬の機動力を生かした戦術の天才、日本最初のアイドル、判官贔屓、幼少の牛若丸などの童話、兄、頼朝との葛藤。そして生存伝説、ジンギスカン説等、この源義経だけで一つのサイトが出来上がるぐらい話題に事欠かない、色々と話題の人です。

422px-Sakaotosi.jpg  義経が歴史上の檜舞台に登場したのが1184年。義仲追討の宇治川の戦い
です。それまでの幼少の時代の遮那王とか、牛若丸とかの名前で弁慶との出会い、鞍馬山での天狗による修行などはあくまでも物語の世界です。
 その後、義経は平家との戦いにおいて
一の谷の戦い屋島の戦い壇ノ浦の合戦と連戦連勝していくことになります。
 特に一の谷の戦いでは、「鵯越の逆落とし」などの奇襲がありました。

 また、屋島の戦いでも、暴風のなか、通常3日の航路を4時間で到着し、主力の兵力が到着するのを待たずにわずかな兵力で平家を急襲します。
どんだけ奇襲が好きなんだという感じですが、司馬遼太郎はその著作「義経」でこう記されています。


日本でもっとも優れた騎兵である坂東武者でさえ、馬とは格闘用のものだとおもっている。(中略) 乗馬武士を純然たる騎兵集団として運用し、騎兵の特徴である長距離移動による奇襲という戦術思想がなかった。源氏だけでなく平家にもなく、ないどころか、その後もない。ようやく三百七十年後に織田信長が出て桶狭間への騎兵機動による奇襲を成功させたが、わずかにその一例をのぞき、その後にもなく、維新後、近代騎兵の思想が入ってのち知識としてようやくその運用法を知った。しかしヨーロッパでも、義経の騎兵活動ほどあざやかさを示した例は、数例しかなかった。」

 司馬遼太郎「義経 下」文春文庫より


Cap.jpg 
一の谷の合戦_略図

 大軍をもって正面から相手を圧倒するのが、優れた将の戦い方ですが、奇襲というのは、その特性から少数で攻撃することになりますので、事前に相手に見つかると全滅!という超ハイリスクを負っています。それを数回も行い、すべて成功させたのは奇跡というか、運がいいというか、無茶苦茶というか・・・。織田信長でさえ、桶狭間のような戦いはその後は二度としなかったのですから。義経に従った坂東武者たちの目には、神がかった戦の化身か、常軌を逸した危険な武将にしか見えなかったのではないでしょうか。

 若き義経の心には、打倒平家への異常な執念の一念のみがあったように感じます。

 壇ノ浦にて、人生の目的そのものであった念願の平家打倒を果たした後の義経は、その後は運もなくなり、立場も悪くなり、あれよという間に都落ちして行きます。京都の陰謀や鎌倉との大人の駆け引きに対し、あまりにも疎い青年武将でありました。自壊の道を歩むのは致し方なかったかもしれません。

 かくして義経は、青年期までの間大切に育ててもらった奥州藤原氏の庇護を受けに潜伏逃避行することになります。
 しかし、私がすごいなぁと思うのは、結果的にそれが、頼朝の奥州藤原氏を攻略する糸口となり、日本全土を源氏が制定することにつながったからです。
 義経は、自らの意思の力で西の平家を滅ぼし、その後は、自らの意思ではなくとも東の藤原氏をも滅ぼすことになったのです。新しい時代を創りあがるに必要な破壊を完璧に成し遂げた人物のように思います。インドでいう破壊の神シバ神のようです。歴史を動かす神様というものがいるなら、義経は自らの意思にかかわらず、最後まで活用された人物といえるのではないでしょうか。

 歴史の檜舞台に登場してわずか5年あまりの人生でしたが、日本の歴史に与えた影響力は大だと思います。ですので虚構、実像が織り混ざっていますが、それを差し引いても有り余る魅力ある人物には間違いないと思います。

 793px-Gikeidou.jpg
高舘義経堂 (岩手県平泉町)


司馬遼太郎の視点で描かれた義経です。上下巻

義経〈上〉 (文春文庫)

中古価格
¥1から
(2013/6/15 07:12時点)



義経の時代の研究。英雄伝説に迫る。

源義経―栄光と落魄の英雄伝説 (歴史群像シリーズ (76))

中古価格
¥248から
(2013/6/15 07:15時点)



義経は死んでいなかった?北行伝説を探ります。

義経北行伝説 ー義経はジンギスカンになったか

新品価格
¥1,500から
(2013/6/15 07:24時点)



義経だけでない西郷隆盛などの英雄たちの生存伝説を追う一冊。面白かったです。おすすめ。

源義経―栄光と落魄の英雄伝説 (歴史群像シリーズ (76))

中古価格
¥248から
(2013/6/15 07:15時点)



義経、ジンギスカン説の再燃させた一冊。歴史小説というより推理小説としての面白さ。

成吉思汗の秘密 新装版 (光文社文庫)

新品価格
¥760から
(2013/6/15 07:27時点)



刀、甲冑までありますね(笑)

模造刀/亜鉛刀身仕様【源義経陣太刀】/大刀のみ/摸造刀日本刀

新品価格
¥11,400から
(2013/6/15 07:29時点)



【新作】【五月人形】【平飾り】鎧飾り【大越弥太郎】銀箔に太陽屏風【源義経鎧】鎧平飾り

新品価格
¥226,800から
(2013/6/15 07:31時点)




続きを読む

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

今日は何の日?カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
月別アーカイブ
こんな記事もあります
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
今日何の日?
こちらにも記念日があります。
PR