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【5月25日】キャパと「崩れ落ちる兵士」



Capa_015.jpg  
Falling Soldier 〜崩れ落ちる兵士(死の瞬間の人民戦線兵士)

 本日5月25日は、ロバート・キャパ(1913年10月22日生 - 1954年5月25日没/本名はフリードマン・エンドレ・エルネー。ハンガリー生まれのユダヤ人)の命日です。
 戦場カメラマンとして有名な写真家であるキャパはこの日、北ベトナムでフランス軍に同行取材中に地雷を踏んで死亡しました。享年40歳。スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線、第一次中東戦争、および第 一次インドシナ戦争の5つの戦争を取材した20世紀を代表する戦場カメラマン、報道写真家として有名でした。

 キャパを一躍有名にした写真に
「死の瞬間の人民戦線兵士」という写真があります。1936年のスペイン内戦時の兵士を撮影したとされ、フランスの雑誌に表紙として掲載、そして翌年にはアメリカの当時最も影響力のあった雑誌「ライフ」に掲載されたことにより、22歳の無名の青年だったキャパを一躍有名にしました。

 この写真は、反ファシズムのシンボルのように扱われた写真でありましたが、あまりに「完成度」が高いことや、頭部に負傷がはっきりと確認できないこと、更にキャパ自身がこの写真について語りたがらなかったことから、本当に撃たれた瞬間を撮った写真であるかどうかについて、真贋論争が60年にわたり続けられてきました。

 最近ではNHKでも特集を組んで放送していましたが、
(2013年2月3日放送「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚〜“戦場”写真 最大の謎に挑む〜) この写真は前線からは離れた場所で単に演習中の中で撮られたものであると断定されたそうです。
 しかし、このNHKの報道も、あたかもこの番組で初めてキャパの写真が"やらせ"であったかのように報道していますが、海外ではすでに40年ほど前から"やらせ"が常識だそうで・・・。なんかここでも騙された気分になりますね。

→ガジェット通信 キャパの「崩れ落ちる兵士」 ”NHKのヤラセ”か


 この伝説の写真ですが、当時の恋人、
ゲルダが撮影した写真とも言われています。ゲルダもまた戦場カメラマンで、キャパが有名になる前に、戦場で暴走したタンクに轢かれ亡くなってしまいます。

 キャパは、なぜ危険な戦場へ向かい続けたのでしょうか?
 その理由に、この伝説の写真が、ゲルダの作品であり、この伝説の写真を超える戦争写真を撮ることが、自分の使命であり、ゲルダへの愛を証明する唯一の方法と考えていたのではないかと考察する方もいます。

 管理人的には一番しっくりくる考え方かなと思います。

 キャパも売れるために致し方なかったとか、大きな目標をかなえるためのステップだったとか、個人の事情でしたら同情もしますし、致し方ないところがあると思います。
 その負い目なのか、ゲルダや世間への贖罪の気持ちもあって、より戦場写真を撮り続けたということもあるとは思います。
 現実にこの写真をきっかけにキャパの写真は多くの人々の目に届くことになり、写真という手段で、戦争のリアルを伝えるという意味では、多大なる影響を与えてくれました。その功績は計り知れないものがあると思うのです。

 しかし、戦争を反対させる世論を形成するために、特定の勢力が、その写真を利用したり、捏造をするのは、ちょっと許せない部分があります。「写真」そのものをある目的のために利用しようとすることは、「写真」そのもののもつ純粋なインパクトを曲げてしまうことになるのではないでしょうか。
 本来の写真の意味とは違うキャプションをつけて「日本兵の虐待の証拠写真だ」と政治利用に使ったりするのは酷いものです。

 まあ、
朝日新聞の珊瑚礁捏造事件のような意図的な捏造写真は、繰り返して欲しくないですし、日本人全体の品格をわざと貶めて、それを朝日新聞が良心的な糾弾者として啓蒙するという考え方で写真を利用するというのも、とんでもない思い上がりであると思いますが。

 客観的に真実のみを伝えるというのは、人間が行っている以上、完全には無理なのでしょうか。
 キャパの写真の持つ威力は、朝日新聞の写真なんかとは比べものになりません。
 純粋に写真のインパクトを観ていきたいものです。



<関連記事>
→【3月5日】珊瑚の日と朝日珊瑚記事捏造事件





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【5月24日】モールス信号の生みの親



394px-Morse_telegraph.jpg
モールスの最初の電信機の図面


 1844年5月24日
のこの日。サミュエル・モールスが発明した電信装置と符号(モールス符号の原形)による初の長距離通信実験がワシントンD.C. - メリーランド州ボルチモア間で行われました。

 モールス符号を用いた電信自体は、9年前から成功していましたが、40マイル(約60km)もの電信試験線を架設した実験は始めてで、この日の成功により、電信技術の実用化に大きく踏み出すことになります。

 その時の最初のメッセージは旧約聖書からとった「これは神のなせるわざなり!(What hath God wrought!)」でした。

 1850年代には、国際モールス信号が誕生し、世界標準として重宝することになります。

 1926年には日本帝国海軍も導入しています。その後、海上保安庁へと引き継がれ、70年もの長きに渡り、モールス信号は使われていました。

 現在は、通信衛星の技術やデジタル技術の発展で使われなくなりつつありますが、少し前まではSOSのモールス信号は、いざという時に覚えておくといいと良く言われておりました。
 受け取る側も信号の意味を分かっていないと意味を成さないので、これからどんどん使われなくなってくるのかもしれませんが、知名度の高いSOS信号は覚えておきたいものです。

 こちらのウィキペディアから
SOSの信号の音を聞くことができます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/SOS

 モールス符号による遭難通信の取扱いは1999年で廃止され、現在の航空機や船舶からの遭難信号の発信には、
Global Maritime Distress and Safety System(GMDSS)によるEPIRBが使われているとのこと。(人工衛星などを使用し、ボタン一つ、または自動で救難信号を送れるシステムみたいです)
 なおモールス符号による通信は、日本では一部の漁業無線や陸上自衛隊の野戦通信、またアマチュア無線では未だ用られています。

 ちなみにモールス符号で日本語入力ができるGoogle日本語入力モールスバージョンなるものがあります。こちらの紹介映像を見る限り、どこまで本気で冗談なのか(笑)
興味のある方は試してみます?

モールス

Google 日本語入力 - モールスバージョン


 ちなみにちょっと不可解なSOS事件の記事を見つけました。

→【探偵ファイル】謎のテープレコーダー 大雪山SOS事件とは/山口敏太郎




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【5月23日】ロックフェラーの功罪



JohnDRockefeller.jpg
John Davison Rockefeller(1885)ウィキペディア


 本日5月23日
は、ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー・シニア(John Davison Rockefeller, Sr、1839年7月8日 - 1937年5月23日)の命日です。

 ロックフェラーは、アメリカ合衆国の実業家、慈善家で石油王、史上最高の富豪と呼ばれることもあります。僅か18歳で起業をして、1870年の31歳時に
オハイオ・スタンダード石油会社を作って社長に就任します。この時代は産業機関が発達し、ガソリンの需要が急激に上がったことからも、会社も急成長します。

 この頃から、ロックフェラーは、競合する製油所の買収、石油輸送の運賃値引き強要、ライバルの切り崩し、秘密の取引、投資資金のプール、ライバルの買収などのあらゆる手段を駆使して事業を強化しておきます。
 ライバルには徹底的に戦い、吸収合併していく様は数々の批判を浴びますが、そんなことは意に介さず、わずか10年も経たない1878年には、スタンダード・オイル会社はアメリカ合衆国内における石油精製能力の90%を保持したというから驚きです。

 しかし、会社の規模があまりにも大きくなり、市場を独占し始めると、競争の原理が働かなくなり、価格の設定などが、その企業側の自由裁量で行えるようになります。これは
トラストという企業形態で、独占禁止法に規定される「独占」の形態になりますので、やり過ぎると禁止されることになります。

 スタンダード・オイル会社も1911年に
反トラスト法により、ついに解散させられてしまうのですが、しかし、この「過度」の基準って何で決めるのでしょうか?違法性があるかないかは、その時の判断になるそうですので、様々な大人の事情が絡んできそうですよね。

 そのロックフェラーですが、後年はストレスからくる病気に悩まされたそうです。「何をやっても非難される。」そりゃ、そうですよね。個人的には使命感があって、一心不乱に製油事業拡大、一族の繁栄、膨大な数の雇用者維持に注力しただけだと思いますが、個人に富が集中し過ぎると、自由の国アメリカでも、さすがに嫉妬もされます。

 若い頃から教会などに寄付をしていたロックフェラーは、引退後はその集中した財力で、本格的に様々な慈善事業に力を注いでいきます。贖罪のつもりとみる人もいますが、なんでも精力的に行うロックフェラーですから、引退後40年の間、資産の大部分を慈善活動、医療・教育・科学研究促進などに力をいれていきます。

 このように、多大な影響力を残したロックフェラーですが、功罪の面があったのは否めないのかなと思います。しかし、贖罪の面があったとする見方からですと、晩年のロックフェラーは罪の部分を埋めるには充分過ぎる貢献を人類に成したのではないでしょうか。

 伝記作家ロン・チャーナウはロックフェラーを「彼の問題、そしてなぜ彼が相反する反応を引き起こし続けるかは、彼の良い面はとことん良く、悪い面はそれと同じくらい悪かったためである。史上これほど矛盾した人物は他にいない。」と評してます。

 晩年のロックフェラーは、どこへ行っても大人には10セント硬貨、子どもには5セント硬貨をあげることで知られるようになったそうです。数々の名言も残しています。

 亡くなる時、ロックフェラーの胸の内はどうだったのでしょうか。心から幸せであったと言える満足した人生でありましたでしょうか。そうあって欲しいと思います。



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