【10月23日 】iPod誕生!
2001年の本日10月23日。 アップル社が、携帯音楽プレーヤー・iPodを発表しました。
今ではすっかり世界中の人々に受け入れられてライフスタイルの一つともなった、携帯型デジタル音楽プレイヤーですが、発売当初のiPodは、Macintoshのみの対応で、全然話題にならなかったことを覚えています。

もちろん管理人はMacユーザーですので、購入して知人や同僚たちに宣伝をしていましたが、なかなかその良さがわかってもらえず、職場でもふーんという感じでした。MDプレーヤを持っている人がほとんどだったのです。iPodは、パソコンと同期させるので、面倒くさいという意見もありました。
急に人気が出てきたのは2年ぐらいたってから。iTunes の Windows 版が出てからだったと思います。
iPodの魅力はPCで見るiTunesのインターフェイスだと思います。パソコンの画面の目の前でお気に入りのプレイリストを作って、それをiPodに同期させて外へ音楽を持ち出せる。
みんなが買い始めたのが2004年頃でした。iTunesをこぞって入れ始めた感じです。
他社からもMP3プレーヤーが出始めましたが、個人的にiPodの何よりの魅力はこのデザインだと思います。
四角のかたちにでっかく大きな丸のホイール。
スピーカーを連想させるここのデザインは、子供が見ても、「音がでる機器」だとイメージさせることができると思います。これがジョブスの得意分野。
このホイールを用いて選曲、音量調整、早送り、巻き戻し、画像・動画閲覧などすべての操作を直感的に行えます。
クリエイティブな部分を刺激するデザインですよね。
2014年現在のiPod は、iPod shuffle(アイポッド・シャッフル)、iPod nano(アイポッド・ナノ)、iPod touch(アイポッド・タッチ) の3種類で、発売当初からあったiPod classic(アイボッド・クラシック)は発売終了になりました。
iPhoneにも同じ機能がついていますので、電池の消耗を気にしなければ、iPhoneで充分代用できますが、iPod shuffle(アイポッド・シャッフル)、iPod nano(アイポッド・ナノ)の手軽さ、軽量さはスポーツをしながら聞くには欠かせません。
デザインや大きさも世代毎に大きく異なるので、昔のデザインを好む人も多く、オークションでも高く取引されています。
ジョブズ亡き後のアップル社、少々、いやかなり心配なのですが、これからもワクワクさせる新製品を出し続けて欲しいと思います。
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【9月30日】世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」が就役
1954年の本日9月30日。アメリカ海軍が建造した世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」号が就役しました。
ノーチラス号というと、フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』と『神秘の島』に登場する架空の最新鋭潜水艦の名前としても有名ですよね。
その影響なのか、他の作品でも超時代的な装備を備えた万能潜水艦が登場する場合は、このノーチラスの名前がつくことが多いようで、現実もそうですが近代的潜水艦の代名詞のようにもなっています。
実際のノーチラス号ですが、アメリカ海軍艦艇としては6代目にあたります。
それ以外にもナポレオンの要請によりロバート・フルトンが1800年に設計した、世界最初の実用的な潜水艦の名前でもあるので潜水艦といえば「ノーチラス」という位知名度が高いようです。
世界初の原子力で動く潜水艦ということで、長期間の潜水が可能となり、「潜水可能な船」から「水中活動をこそ常態とする真の潜水艦」への進化を遂げた画期的な艦となりました。
原子力潜水艦は原子力技術を持つ国でしか製造できないため、保有国は限られ、2013年の現在は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インドの6ヶ国のみが保有しています。
また、インドを除く5カ国が、攻撃型原子力潜水艦と弾道ミサイル原子力潜水艦(=戦略ミサイル潜水艦)という2種の潜水艦を保有しているのが現状です。
原子炉を抱えて水中に長期間潜航するなんて、かなり怖いと思います。搭乗員は凄いですね。
原子力潜水艦のコミックでかわぐちかいじの「沈黙の艦隊」が知られています。一時はハマりました。
実はこの世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」号ですが、日本で最初のプラモデルとしても有名なのです。玩具メーカーのマルサン商店が1/300スケールで発売しました。
復刻版が50周年記念ということで童友社から発売され、人気を呼んでいます。
【童友社 1/300 原子力潜水艦 ノーチラス号】童友社 1/300 原子力潜水艦 ノーチラス号 プラモデ... |
[プラモデル] 1/300 米海軍 ノーチラス原子力潜水艦 リンドバーグ |
【9月17日】日本三大台風の「枕崎台風」が上陸!
9月は本当に台風が多いですね。今年は台風後の大雨警報などで、栃木、茨城、宮城などで大きな被害が出ています。
日本には、平均して毎年10個前後の台風が接近し、そのうち3個くらいが日本本土に上陸しますが、今年は多いように思います(記録は2004年の10個の台風が上陸)。
本日9月17日も「枕崎台風」が上陸し、長崎を中心に日本に大きな被害を出しました(1945年)。
室戸台風、伊勢湾台風と並んで昭和の三大台風のひとつに数えられます。
この枕崎台風ですが、1945年9月17日14時頃に、鹿児島県川辺郡枕崎町(現在の鹿児島県枕崎市)付近に上陸して日本を縦断し、死者2,473人、行方不明者1,283人、負傷者2,452人という大きな被害をもたらしました。うち、広島県呉市内では土石流が発生し、市内だけで1,156人が死亡しています。
1945年というと、第二次大戦が終わってまだひと月足らずです。しかも長崎といえば原爆が落とされた街です。戦争中の日本は他にも三河大地震などの自然災害も起き、人災、天災など厄難続きの時代でした。
ちなみに日本での台風の被害の大きい順(観測史上)は、
伊勢湾台風(いせわんたいふう、昭和34年台風第15号)とは、1959年9月26日に潮岬に上陸し、紀伊半 島から東海地方を中心とし、ほぼ全国にわたって甚大な被害を及ぼした台風。
死者 4,697名、行方不明者 401名、負傷者 38,921名
室戸台風 (むろとたいふう)1934年9月21日に西日本を中心に大きな被害を及ぼした台風。午前5時頃に高知県室戸岬付近に上陸。「関西風水害」の名でも呼ばれる。
死者2,702人、不明334人、負傷者14,994人
枕崎台風 (まくらざきたいふう、昭和20年台風第16号) 1945年9月17日
死者2,473人、行方不明者1,283人、負傷者2,452人
こうしてみると、全部9月ですね。また、今と比べると被害の桁が違います。過去の日本では「神風」の由来になった弘安の役では、日本に来襲した元・高麗連合軍14万人のうち約10万人が溺死していますし、安政3年の台風(1856年9月23日)では、江戸をはじめ関東の広い範囲に大被害が起き、10万人余りの死者が出たと記録されています。昨日の記事、トルコのエルトゥールル号遭難事件も9月17日の出来事でした。
土木工事などの台風対策、インフラの整備の進歩のおかげだと思いますが、日本が技術大国になった理由として昔から大きな自然災害の中で生きてきたからなのかもしれません。
また、逆に自然破壊による工事などによって被害が拡大したこともありますので、日本は自然と共存して生き延びていく道を模索するのが他国に較べても秀でていると思います。
日本には、平均して毎年10個前後の台風が接近し、そのうち3個くらいが日本本土に上陸しますが、今年は多いように思います(記録は2004年の10個の台風が上陸)。
本日9月17日も「枕崎台風」が上陸し、長崎を中心に日本に大きな被害を出しました(1945年)。
室戸台風、伊勢湾台風と並んで昭和の三大台風のひとつに数えられます。
この枕崎台風ですが、1945年9月17日14時頃に、鹿児島県川辺郡枕崎町(現在の鹿児島県枕崎市)付近に上陸して日本を縦断し、死者2,473人、行方不明者1,283人、負傷者2,452人という大きな被害をもたらしました。うち、広島県呉市内では土石流が発生し、市内だけで1,156人が死亡しています。
1945年というと、第二次大戦が終わってまだひと月足らずです。しかも長崎といえば原爆が落とされた街です。戦争中の日本は他にも三河大地震などの自然災害も起き、人災、天災など厄難続きの時代でした。
ちなみに日本での台風の被害の大きい順(観測史上)は、
伊勢湾台風(いせわんたいふう、昭和34年台風第15号)とは、1959年9月26日に潮岬に上陸し、紀伊半 島から東海地方を中心とし、ほぼ全国にわたって甚大な被害を及ぼした台風。
死者 4,697名、行方不明者 401名、負傷者 38,921名
室戸台風 (むろとたいふう)1934年9月21日に西日本を中心に大きな被害を及ぼした台風。午前5時頃に高知県室戸岬付近に上陸。「関西風水害」の名でも呼ばれる。
死者2,702人、不明334人、負傷者14,994人
枕崎台風 (まくらざきたいふう、昭和20年台風第16号) 1945年9月17日
死者2,473人、行方不明者1,283人、負傷者2,452人
こうしてみると、全部9月ですね。また、今と比べると被害の桁が違います。過去の日本では「神風」の由来になった弘安の役では、日本に来襲した元・高麗連合軍14万人のうち約10万人が溺死していますし、安政3年の台風(1856年9月23日)では、江戸をはじめ関東の広い範囲に大被害が起き、10万人余りの死者が出たと記録されています。昨日の記事、トルコのエルトゥールル号遭難事件も9月17日の出来事でした。
土木工事などの台風対策、インフラの整備の進歩のおかげだと思いますが、日本が技術大国になった理由として昔から大きな自然災害の中で生きてきたからなのかもしれません。
また、逆に自然破壊による工事などによって被害が拡大したこともありますので、日本は自然と共存して生き延びていく道を模索するのが他国に較べても秀でていると思います。
枕崎台風を受けた1945年9月の広島市。台風通過中か通過後かは不明。
→台風に関しての記述(Wikipedia)
→台風に関しての記述(Wikipedia)



















