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【7月5日】日露戦争勝利の立役者。渋柿親父のメッケル



MECKEL.jpg
渋柿オヤジ こと、クレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケル

本日、7月5日メッケルという方の命日です。

 正式名は、クレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケル(Klemens Wilhelm Jacob Meckel、1842年3月28日 - 1906年7月5日)で、明治初期に日本陸軍兵制の近代化に貢献し、基礎を作ったドイツ帝国の軍人さんです。日清戦争・日露戦争での勝利の要因にはメッケルの指導があったとの高い評価もあります。日本陸軍大学校の学生から付けられた渾名は、渋柿オヤジ。禿頭で髭面、頑固一徹の典型的なドイツ軍人っていう感じの人です。

 明治維新がようやく終わって近代化を急ピッチで行なっていた日本ですが、陸軍卿には奇兵隊出身の
山県有朋が、海軍卿には勝海舟が就任します。海軍は、かの偉大な大英帝国がモデルとしてありましたので問題はなかったのですが、陸軍では、当初教わったナポレン時代の強いフランス式から、今流行りの新興国、ドイツ(プロイセン)式にするかで揉めていました。強い方のスタイルを学びたいのはどこの国も同じです。
 山県有朋は1871年の普仏戦争でプロイセンが勝利した事を見定め、フランス式の軍制からドイツ式への転換を図ろうとします。

 そこで、ドイツに兵学教官派遣を要請しました。幾度もの懇願の結果、誰が来るかと思いきや、招聘された人物は、ドイツ陸軍参謀本部長、有名な
大モルトケの愛弟子、参謀の権威とまで言われた秘蔵っ子、メッケルです。聞いた日本政府は望外の喜びです。

 日本からの度重なる兵学教官派遣要請にドイツが応じた理由ですが、先にフランスが派遣をしていたからでした。ドイツとフランスってほんとに意地を張りたがります(笑)。

 しかし当の本人であるメッケル自身は、典型的なドイツ軍人、極東の無名の島国なんか行くもんかと激しく忌避します。大統領ヒンデンブルクまでも担ぎ出した 陸軍挙げての説得交渉に、「一年で帰任出来るならば」とついに折れました。日本からの要請は「3年間の派遣」だったが、行かせてしまえばなんとかなるだろうと、本人には内緒です。訪日の決意は、大好きなモーゼルワインが横浜で入手できることが分かったため。

 メッケルは1885年に来日すると陸軍大学校教官に着任し、参謀将校の養成にあたります。指導は徹底しており、最初の1期生で卒業できたのは、
東条英教(東条英機の父)や秋山好古 など、わずか半数の10人という厳しいものでした。しかし、その一方で、兵学講義の聴講を生徒だけでなく希望する者にも許したので、陸軍大学校長であった児玉源太郎を始めさまざまな階級の軍人が熱心に彼の講義を聴講したといいます。メッケルは約束通りに3年で退任、帰国しますが、メッケルの教育は実戦的として高く評価され、後年に至るまで陸大で行われました。

 有名な逸話で、関ヶ原の戦いの東西両軍の布陣図を見せられ、「どちらが勝ったと思われますか?」と質問された際、「この戦いは西軍の勝ちである」と答えたといいます(西軍は石田三成、東軍は徳川家康)。
 布陣図から見ると東軍を包囲する様、鶴翼の陣に 布陣した西軍が有利であると判断したメッケルの分析は正しいものでしたが、東軍側が西軍諸大名に対して盛んに調略を行い、離反や裏切りを惹き起こした事 実を聞くと、改めて戦争で勝利するには調略と情報収集・分析が必要であるかという事を強く指導する様になったと言われています。

 
日本海海戦_01
   そんなメッケルですが、ドイツに帰国後も自らが育てた日本陸軍の発展に日頃から気を留め、日露戦争開戦時には児玉源太郎宛に、メッケル自身が立案した作戦計画を記した手紙や電報を送っています。また欧米の識者が日本の敗北を疑わなかった時期に早くから日 本軍の勝利を予想し「日本陸軍には私が育てた軍人、特に児玉将軍が居る限りロシアに敗れる事は無い。児玉将軍は必ず満州からロシアを駆逐するであろう」と 述べたと伝えられています。

 参謀というのは戦の運命を決定づけてしまいます。たった一人の参謀の出現が国を救うこともありえるのです。児玉源太郎が日本海海戦で指揮官でなかったら、かなり高い確率で負けていたとも言われています。日本国の恩人でもあるメッケルの指導には感謝だと思います。


有名な書籍、渡部昇一氏の名著

ドイツ参謀本部-その栄光と終焉 (祥伝社新書168)



秋山真之、児玉源太郎など登場します。良い本でした。

明治に名参謀ありて―近代国家「日本」を建国した6人 (小学館文庫―「時代・歴史」傑作シリーズ)



秋山好古―明治陸軍屈指の名将 (PHP文庫)



東郷平八郎 (講談社学術文庫 563)



日本陸軍史 (1980年) (教育社歴史新書―日本史〈140〉)





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