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【8月26日】福島正則と武闘派武将の悲劇



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 本日26日は戦国武将の福島正則の命日です(福島正則 ふくしままさのり 1561年〜1624年8月26日)。安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。賤ヶ岳の七本槍、七将の一人でした。

 幼少の頃より豊臣秀吉に仕え、17歳で初陣を飾ります。織田信長明智光秀に殺され、次の天下取りの争いで、1583年に起きた柴田勝家との戦いでは、賤ヶ岳の戦いで若手武将として大いに戦功をあげます。

 秀吉亡き後は、豊臣政権内の、尾張派と近江派の派閥争いがおきます。
淀君は近江の人間であって、彼女の産んだ子、秀頼が豊臣を継ぐ と、近江派の勢力が強くなり、尾張派はそこに危機感を持っていました。その隙を付き、家康が天下を狙うという構図になりました。

 福島正則や
加藤清正は、尾張時代からの秀吉の子飼いの武将であるとともに戦国の世を生き抜いた武闘派の武将でした。これに対して石田三成は官僚タイプの人です。戦わないで出世している気に食わない奴らというのが、武闘派の多数の気持ちであるのは否めません。

 豊臣家を守ろうとする
石田三成と次の天下を確実に狙っているであろう徳川家康側とどちらにつくかは、秀吉への恩もありましたでしょうが、同じ武闘派の大先輩で『東海一の弓取り』と言われた徳川家康に付くのは致し方ないことかもしれません。

 豊臣恩顧といっても、福島正則にとっては秀吉と北の政所への忠誠心が主であるのに対し、石田三成にとっては淀の方や秀頼などを含んだ豊臣家に対する忠誠心だったようであり、そこのズレもあったように思います。

 福島正則は戦国期を生き抜いてきた武将として、力のある武将が天下を取ることになっても致し方ないという感覚があったと思われます。

 さて、そんな武闘派の代表的とも言える福島正則ですが、関ヶ原でも功労があったのですが、家康亡き後は、城の修理を勝手に行ったとの因縁に近いかたちで責められ、徳川秀忠の命により、安芸・備後50万石を没収、4万5,000石に減封・転封され、福島家は最後は三千石の旗本まで落とされることになります。
本多正純土井利勝らの幕府内権力争いに巻き込まれたという説もあります。

 最後は徳川家に裏切られたようなかたちになってしまいしたが、福島正則個人としては派閥争いなど関係なく、戦場で戦い続け、己の武功を上げることのみに専念したかったかもしれませんね。

ゲーマの手にかかると、イメージ的にヤンキー系になってしまってます(笑)。
Cap 502




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