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【12月4日】北里柴三郎と血清治療



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北里柴三郎(1853年1月29日〜 1931年6月13日)

 本日12月4日「血清治療の日」とされています。1890年のこの日、ドイツの医学者エミール・ベーリングと留学中の日本の北里柴 三郎が、共同で、血清療法開発につながる破傷風とジフテリアの抗体を発見しました。

Sstvacutainer_small.jpg  この「血清」なのですが、血液をずっとほっておくと血が固まってきます。これは血餅(けっぺい)と呼ばれるものですが、この時に分離された液体部分を言います。
 この液体を使用して治療に応用するのが血清治療なのですが、この治療方法につながる「破傷風」と「ジフテリア」の抗体を発見したのがこの二人でした。

→右図分離した血餅と血清(オレンジ色の部分)

 エミール・ベーリングは、1901年に「ジフテリアに対する血清療法の研究」第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞しますが受賞に際し、北里は受賞できませんでした。

 ベーリングは、自分だけの功績ではなく、北里あっての結果であることを述べたそうです。
 北里柴三郎が受賞できなかったのは、ジフテリアについてのデータを単独名の論文で発表したこと、ノーベル賞委員会や選考に当たったカロリンスカ研究所が血清療法のアイディアはベーリングの創出で北里は実験事実を提供しただけとみなしたこと、当時は、共同授賞の考え方がまだなかったことが要因としてあげられています。
 惜しくもノーベル賞を逃した北里柴三郎ですが、この論文がきっかけで欧米各国の研究所、大学から多くの招きを受けることになります。
 しかし、国費留学の目的は、日本の脆弱な医療体制の改善と伝染病の脅威から国家国民を救うことであるとして柴三郎はこれらを固辞。日本の医療のために力を尽くすことになります。

 その柴三郎の決意に反して、帰国した柴三郎を待ち受けていたのは東大医学部からの攻撃でした。「脚気の原因は細菌」とする母校の東大教授・緒方正規の説に対し「脚気菌ではない」と批判をしていため、「恩知らず」として母校東大医学部と対立する形となってしまい、帰国後も日本での活躍が限られてしまうことになるのです。
 日本の医学界ではよくあることなのですが、活動ができなくなることを憂慮した福澤諭吉の援助により私立伝染病研究所が設立されることとなり、柴三郎は初代所長となりました。

 その後、国に寄付され内務省管轄の国立伝染病研究所(現在の東大医科学研究所)となり、伝染病予防と細菌学に取り組むことになります。
 1894年(明治27年)にはペスト菌を発見するという業績をあげました。
 1914年には東大、政府と対立し、新たに私費を投じて私立北里研究所(現・社団法人北里研究所。北里大学の母体)を設立。狂犬病、インフルエンザ、赤痢、発疹チフスなどの血清開発に取り組むことになります。

 北里柴三郎は「日本の細菌学の父」として多大な功績を残してくれました。


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