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【12月15日】井上成美。太平洋戦争の行く末を正確に予言した海軍大将



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井上成美(Wikipedia)


 本日、12月15日は、帝国海軍、最後の海軍大将と言われる井上成美(いのうえ しげよし)の命日です。(1889年12月9日 - 1975年12月15日)
 大日本帝国は西郷従道(西郷隆盛の弟)から始まり、1945年の敗戦まで77名の大将がいますが、その歴史の最後を飾る大将となりました。

 
米内光政山本五十六
・井上成美は俗に「海軍省の左派トリオ」と言われ、ドイツ、イタリア、日本との三国同盟に絶対反対の態度を堅持していました。
 陸軍が日独伊三国同盟の締結を画策すると、ドイツ・イタリアが頼みにできないこと、三国同盟によって英米を敵に回しては勝てないことを冷静に判断し、海軍省軍務局長として、海相・米内光政、次官・山本五十六とともに阻止に動き、一度は破談に追い込むところまでいきます。
反対の理由は、
  1. 経済的に見て、三国同盟は論外。日本経済は、そのほとんどを米英圏に依存している。特に海軍にとって最重要の石油と屑鉄は米国から購入している。三国同盟を結べば、英国、さらに米国を敵に回し、日本は石油と屑鉄の供給を絶たれる。
  2. 軍事的に見て、三国同盟は無意味。地理的に遠く離れた日本と独・伊は相互援助が不可能である。
  3. 独国のヒトラーは、【わが闘争】『Mein Kampf』で述べているように、有色人種を蔑視して、ドイツ民族による世界制覇を目指しており、いずれ破綻するのは目に見えている。イタリア駐在武官時代の経験から、イタリアは、外見は立派でも頼むに足りない。(井上はドイツ語の原著を読んで日本語訳ではカットされている日本人蔑視の部分を知っていました)
と至極まっとうな正論です。

 井上が、三国同盟に強力に反対した最大の理由は、独国が提案してきた条約案に、自動参戦義務条項 「独国または伊国が戦争状態に入った場合は、日本は自動的に戦争に加担する」があったためでした。

 しかし1939年に、第二次近衛内閣により、日独伊三国同盟が締結され、いよいよ英米との戦いへの道が引かれ始める時期にきた1940年に、海軍航空本部長に就任します。
 航空戦力を重視していた井上成美はこの時に「新軍備計画論」を練り上げます。

この内容は、
  1. 航空機の発達した今日、主力艦隊と主力艦隊の決戦は絶対に起らない。
  2. 巨額の金を食う戦艦など建造する必要なし。敵の戦艦など何程あろうと、我に充分な航空兵力あれば皆沈めることが出来る。
  3. 陸上航空基地は絶対に沈まない航空母艦である。航空母艦は運動力を有するから使用上便利ではあるが、極めて脆弱である。故に海軍航空兵力の主力は基地航空兵力であるべきである。
  4. 対米戦に於ては陸上基地は国防兵力の主力であって、太平洋に散在する島々は天与の宝で非常に大切なものである。
  5. 対米戦では之等の基地争奪戦が必ず主作戦になることを断言する。換言すれば上陸作戦並びにその防禦戦が主作戦になる。
  6. 右の意味から基地の戦力の持続が何より大切なる故、何をさておいても、基地の要塞化を急速に実施すべきである。
  7. 従って又基地航空兵力第一主義で航空兵力を整備充実すべきである。之が為戦艦、巡洋艦の如きは犠牲にしてよろし。
  8. 次に日本が生存し、且(かつ)、戦を続ける為には、海上交通の確保は極めて大切であるから之に要する兵力は第二に充実するの要あり。
  9. 潜水艦は基地防禦にも、通商保護にも、攻撃にも使える艦種なる故、第三位に考えて充実すべき兵種である。
という内容のもので、実際の太平洋戦争では、艦隊決戦は起らず、水上艦は米軍航空機や潜水艦の餌食となります。戦況は太平洋の島々の争奪戦となりましたし、米軍は占領した島を基地として日本本土空襲を行うことになります。
 まさに井上成美は、太平洋戦争の経過を、戦争が始まる前の1941年の段階で概ね正確に予想したのです。

 当時のアメリカでさえ、ここまでの予想はしていなかっただけに、井上成美の 非凡さ、本質を見る眼の鋭さには驚嘆させるものがあります。

 1941年、ついに日米は開戦しますが、この直前、井上成美は勝てないと分かっていて開戦することに絶対反対の立場でした。それは同じく反対派であった山本五十六が近衛文麿首相から戦争の見通しについて聞かれ、「1年は戦って見せるが、その後は保証できない」と答えたことについても「絶対にできないと言わなければだめだった」と、結果的に近衛に期待感を抱かせてしまったことを批判しています。
 また、開戦に際して祝意を述べた参謀に「バカヤロー!」と怒鳴りつけたとも言われています。

 実際の戦では、南洋にて指揮をとるが、その戦いぶりは拙劣で、戦争下手との評価をとってしまったようです。

 1945年、終戦。戦後はその責任を感じ、人前に出ることはせず、英語教師を細々と続けます。東条内閣の海相の嶋田繁太郎が海上自衛隊の練習艦の壮行会で乾杯の音頭をとったことを聞くと「恥知らずにもほどがある。人前に出せる顔か」と激怒したといいます。

 井上成美ほどの知識派が戦争を食い止めることができなかったのはやはり時代の流れだったのでしょうか。マスコミが扇動し、国民の殆どが戦争に向かっていった流れの中では致し方なかったのかもしれません。
 
 また、この「新軍備計画論」が軍部にもっと受け入れられれば、日本も優位に戦うことができ、被害が少なかったかもしれません。
 井上成美は、その後もひっそりと余生を暮らし、戦後30後の1975年亡くなります。享年86歳でした。


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