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【12月22日】仲間の身体を食べて生き延びた、ウルグアイ空軍機571便遭難事故



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墜落地点に建てられた十字架(Wikipedia)

 1972年の12月22日のこの日、
ウルグアイ空軍機571便遭難事故でアンデス山中に墜落した乗客の生存者16人が71日ぶりに救出されました。
 71日もの食料のない雪中の中、彼らはどうやって生き延びたのか。その証言はセンセーショナルなものでした。

 事件は1972年10月13日にさかのぼります。ステラ・マリス学園のキリスト教徒からなるラグビー選手団とその家族や知人を合わせた一行40名が、チリのサンティアゴでの試合に向かう途中、アンデス山脈の峰に衝突します。機体はバラバラになりますが雪がクッションの役目を果たし胴体の大部分は無事でした。しかしこの時点で、死亡12名、行方不明5名、生存28名になってしまいます。
 生存者たちは板チョコレート数枚と、その他のスナック菓子、ワイン数本という少量の食料を持っていました。墜落後の数日間、彼らはこの食料が尽きないように少量を分配していきます。
 無線は通じず、機体が白いことから発見も困難になり、日はどんどん経過していきます。
約10日経った10月22日。配給管理されていた食料がついにそこを尽きます。ついに遺体を口にして生存を続けるか否かが機体内で議論が行われます。この間にも、怪我や疲労で一人、また一人と亡くなっていきます。
 翌日の10月23日。生存者たちは、機体の中で発見したラジオを通して、捜索隊が自分たちを発見出来ないまま捜索を中止したことを知ります。こうなった以上、自力で脱出をするしか方法はありません。

 不幸は更に彼らを襲います。10月29日。生存者たちが機体の中で眠りにつこうとしていたとき、雪崩がすさまじい勢いで機体の中に流れ込み、機体の中で横たわっていた全員を埋め尽くしました。比較的浅く埋まった人は、雪で埋まった人を救おうとしたが、19人の生存者を残して8人が死亡しました。この時点で、死亡26名、生存19名になってしまいます。3日間、機体は雪の下に埋まり、生存者たちは非常に狭く閉じ込められた中で生き延びなくてはなりませんでした。
FokkerAnde1972.jpg
 11月は、遠征隊を組み、遠方に落ちた尾部から無線機やバッテリーなどを運び修理をすることに専念します。
 12月11日。最後の犠牲者が出ます。この時点で、死亡29名、生存16名となります。
 12月12日。ついに最終的な遠征隊を出す事にします。最終的なメンバーは2人。山中を10日近く歩き続け、12月20日ついに川の対岸で麓の村人たちを発見します。
 翌日、村人たちに救出された2人は事情を伝えます。そして12月22日、ついに全員が救出されました。これは世界中に大きなニュースとなって駆け巡ります。
 報道陣の関心は、「72日間もの間、どうやって生き延びることができたのか?」の一点でした。
 生存者たちは、救助直後には機内に持ち込んでいたチーズを食べて生き延びていたと説明していましたが、家族と詳細かつ内密に議論し、遺体を食べざるを得なかった事を公にしようと考えます。

 12月26日。生存者たちは、モンテビデオへ戻るときに記者会見を行います。内容はとても衝撃的なものでした。再会を喜んだ家族たちの動揺もありました。また、チリの雑誌は事故機のまわりに横たわる手足や骨の写真を掲載します。
 好奇の目に晒され、生存者は人肉を食べるよりもむしろ死ぬべきであったとまで議論が進んだとき、カトリック教会は迅速にこうした素朴な反応を却下します。

「あなたは彼らに死ねと命じることはできない」
「生き残る可能性がただ1つしかなかったとき、つまり極限状態にあったとき、その人とともに残ったのが人肉であったということである。」

 この教会の発表で、非難はなくなるのですが、逆に彼らは国家的英雄に祭り上げられることになります。彼らの勇気、忍耐、機転を描く記事が数多く現れだしました。

 自分がこのような状況に置かれたらどうでしょうか。仲間の肉を食べて生きのびるしかないという選択肢はとてもつらいし、勇気のいることだと思います。自分が死ぬべき側の人間であるなら、自分の肉を食べてでも生きのびて欲しいとは思います。

29人は帰らぬ人となりました。しかし、彼らのおかげで16人が生きて帰ることができたのです。考えさせられるテーマではありますね。

映画化もされていますので興味のある方は是非御覧ください。



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